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今月の一言

2026年7月のひとこと

 通勤途中に車窓から毎日見ている川が、台風接近による大雨のために氾濫危険水位に達する可能性があるという報を受け、大雨と水害の恐ろしさを改めて感じました。四季折々の風景を見せて、私たちの目を楽しませてくれる川が、突如暴れ川に変貌して、私たちの日常生活に大きな亀裂を生じさせる可能性があるという事実に慄然としました。同時に、自明のものだと思っている日常につきまとう脆弱性を認識する必要があることを痛感しました。
 日常に溶け込んでいる川が、突如暴れ川に変貌するという二面性に限らず、物事には様々な側面がありますが、その様々な側面を敢えて客観視しようとする意志を持つことが必要なのではないでしょうか。このような観点から、見直してみたいのが、便利なツールが持つ陥穽です。
 多くの人たちが各自のスマートフォンに見入っている光景や日々進歩し続ける生成AIを活用する光景は、日常的なものになりました。しかし、このような日常が、私たち人間の何かを蝕んでいる可能性があることにも思いを馳せる必要があると思うのです。ツールとしてのスマートフォンの利便性を享受しているつもりが、実はスマートフォンに拘束されている状況があるのかもしれません。スマートフォンに拘束されることにより、実は莫大な時間を浪費しているということもありえます。生成AIを利用して合理化と効率化を図っているつもりが、主体的に物事を考えたり、工夫をしたりする機会を失っているということもありえます。一見遠回りのように見える試行錯誤の過程に、新たな気づきや発見の契機が潜在していることがあるので、実は人間にとって大切な営みを失っている可能性もあるのです。
 もはやスマートフォンや生成AIの存在しなかった時代に戻ることはできません。そうであるからこそ、スマートフォンや生成AIがある環境の中で、私たちの日常を批判的に見つめ直す機会を持つ必要があるのだと思います。スマートフォンや生成AIに依存している日常こそ、実は極めて脆弱なのかもしれません。