TOPICS

TOPICS

今月の一言

2026年10月のひとこと

 かつて電車の中で見た、印象深い光景があります。まだ歩き始めて間もない、幼いお子さんを連れたお母さんが、座席に腰をかけるとすぐに、お子さんが履いている靴に手製のシューズカバーを被せました。その何気ないしぐさの中に、他者への深い配慮を感じました。
 幼いお子さんが、靴でシートを汚してしまうことがないように、シューズカバーを被せるという配慮は「あたりまえ」のことのように思います。しかし、このような何気ない配慮が、公共の場で必要とされているのではないでしょうか。他者に迷惑をかけないように配慮する、他者に不快な思いをさせないように行動するということは、実はとても難しいことです。「リュックサックは前に抱えて乗車してください」、「この電車のシートは■人がけです。なるべく多くの方が座れるようにしてください」、「車内でのスマートフォンなどでの通話はご遠慮ください」などの車内アナウンスをよく耳にしますが、こうした「あたりまえ」のことをアナウンスしなければならない状況が、公共の場での他者への配慮の欠落により、車内トラブルが発生しているということを物語っているのだと思います。
 自身の行動やふるまいを客観視することは、非常に難しいと思います。また、個人の権利意識の拡大によって、些細なすれ違いがトラブルに発展してしまう事例も少なくありません。しかし、こうした状況があるからこそ、特に公共の場では、自身の行動や振る舞いを一歩立ち止まって、客観視しようとする意志が必要になります。
前述したお子さんが成長して中学生・高校生になったとき、もはや自分の靴にはフィットしない小さなシューズカバーを見ることを通して、お母さんがこのシューズカバーを作ったときの配慮を引き継ぐのでしょう。そして、お母さんの作ったシューズカバーは、自己と他者を見つめる成熟した視線の賜物だということを認識するのだと思います。