TOPICS

TOPICS

今月の一言

2024年2月のひとこと

 先年私が慶應義塾長在任中、今日の同大学工学部が始めて藤原工業大学として創立せられ、私は一時その学長を兼任したことがある。時の学部長は工学博士谷村豊太郎氏であったが、識見ある同氏は、よく世間の実業家方面から申し出される、すぐ役に立つ人間を造ってもらいたいという註文に対し、すぐ役に立つ人間はすぐ役に立たなくなる人間だ、と応酬して、同大学において基本的理論をしっかり教え込む方針を確立した。

(小泉信三『読書論』)

 かつて慶應義塾の塾長を務めた小泉信三は一九五〇年に出版した自著でこんなエピソードを引きつつ、続けて「すぐ役に立つ人間はすぐ役に立たなくなるとは至言である。同様の意味において、すぐ役に立つ本はすぐ役に立たなくなる本であるといえる」と述べている。

 七○年以上前に示されたこの考え方は、情報が流通してから忘れられるまでのスピードがますます加速している今の時代にこそ重要度を増していると言えるだろう。「すぐ役に立つ」を突き詰めたものは基本的に普遍性を失う。なぜなら、それはすなわち個別事情に最適化したものだからである。

ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』 
レジ―著 集英社新書 2022年9月 より

 学校の説明会等で「どのような人を育てたいか」と問われることがしばしばありますが、そんな時、私は以下のように答えています。

「人(世の中)の役に立ちたいという気持ちを持ち、人(世の中)の役に立っていることに対し喜びを感じる人」

 すぐ役に立つ人材が当たり前のように求められている時代ではありますが、「すぐ役に立つ人間はすぐ役に立たなくなる人間だ」という小泉信三氏の言葉の意味を噛みしめながら、目標とする人材、すなわち人の役に立つことができる人材を育成するために、今後もこれまでと同じように「ゆっくり、じっくり、しっかり」と日々の教育活動に取り組んでいきたいと思います。