今月の一言
2026年4月のひとこと
中庭の桜の花が咲き始め、春の訪れを強く感じるようになりました。満開の桜の美しさは、入学式と始業式の日まで散らないで、満開のままでいてほしいという思いを私に抱かせます。しかし、この時期は花散らしの雨が降ったり、強い風が吹いたりして、私の願望が叶わない年もあり、桜の花の儚さについてあれこれと考えることが多くなります。
私事となり恐縮ですが、私が通っていた小学校には、校庭に何本もの桜の木があり、満開の時期を迎えると、普段見慣れた校庭に、言葉では言い表すことができないほどの美しい光景が出現しました。この美しい光景は、新しい学年の始まりに対する、当時の私の期待感と一体となっていたように思います。そして、この満開の桜の美しさは、私の心象風景の中に深く刻まれていて、教員となった私にとって、桜の花が満開となるこの時期の学校の風景は、希望を抱いて本郷に入学してくる新入生、新たな決意を抱いて新学年を迎える在校生の思いをしっかりと受け止めようという決意を一層強くするものとなりました。
かつては、満開の桜の花の美しさに見とれているだけでしたが、年齢を重ねて、満開の桜の花に言葉にできない美しさを感じるのは、その儚さゆえではないかという思いにとらわれるようになりました。誰もが美しいものの中に永遠性を求めたくなるものですが、満開となったらさっと散ってしまう桜の花の美しさと対峙するとき、その儚さは時間の流れというものの質について考える機会を私にもたらします。満開の桜は、刹那のものであるがゆえに美しい。その美しさを脳裏に焼き付けることによって、一瞬、一瞬の時間を愛しむ感覚を大切にし、流れていく時間の質を高めていこうとする意志を持ち続けたいと思っています。